凸版印刷の基本原理はいたってシンプル。
印刷したい部分が凸状に製版されており、その部分にインキを付けて紙を乗せ、上から圧力をかけることで紙にインキを転写します。
木版などは版が一枚の板からできていますが、活版印刷は文字のひとつひとつが別々の活字でできているため、これらを組み合わせることで何度も版を作ることができます。
元来はこの可動活字で作られた版による印刷が本来の意味での活版印刷に当たりますが、現在では「凸版を印刷版に用い、印圧による紙の凹凸が感じられる印刷」ともう少し広義に解釈される傾向にあるといえるでしょう。
活版印刷の歴史
活版印刷の発祥には諸説ありますが、東洋で生まれたというのが一般的です。
11世紀の北栄の発明家・畢昇(ひょっしょう)による膠泥活字。
13世紀の高麗の銅活字。
14世紀の元の篤農家・王禎(おうてい)による木活字がよく知られており、活字による印刷物も現存しています。
しかし、19世紀末までは東洋では活版印刷はあまり広く定着しませんでした。
26文字のアルファベット主体の西洋と違い、漢字文化圏では膨大な数の活字が必要だったため、というのがその理由とされています。
一方西洋では、ドイツのヨハネス・グーテンベルクが、14世紀に活版印刷を発明したとされています。
鋳造しやすい鉛合金の採用、正確で安定した鋳造技術、活版印刷に適したインキの改良、ぶどう絞り機からヒントを得たとされる印刷機の開発など、近代的な活版印刷技術が確立しました。
この活版印刷には、それまで主流だった写本や木版よりも高い生産性があったため、ヨーロッパ各地に普及し、さらに世界中に広まっていきました。
漢字の活字。
西洋に比べ普及伸びなかったのは、活字の多さが一因と考えられている。
アルファベットの活字。
高い生産性があったため、爆発的に普及して広まっていった。
日本での活版印刷
日本には、16世紀末に東洋・西洋それぞれから活版印刷技術が伝わりました。
西洋からは天正少年使節によって印刷機と技術が導入され、東洋からは豊臣秀吉の文禄・慶長の役による銅活字の導入があり、安土桃山時代後期から江戸時代初期にかけて様々な本が出版されました。
しかし、江戸幕府によるキリスト教禁教や鎖国によるヨーロッパ文化の排他、また前述の通り、漢字や仮名文字の活字の多さや、くずし字の形状の問題等も相まって、江戸時代は従来の木版が主流でした。
本格的な定着は幕末から明治にかけて。
西洋化・近代化の波に乗り、通訳者であった本木昌造、実業家の平野富二などの尽力によって、活版印刷が本格的に日本に導入されました。
日本語の活字の鋳造・体系化が行われ、以降、1970年代以降に写真植字やDTPが現れるまで活版印刷は、文字印刷の主流となります。
現在における活版印刷
長らく文字印刷の首座にあった活版印刷ですが、写真植字やDTPの台頭によりその数を減らしていき、21世紀現在では商業印刷の中心を担う役目は終えています。
しかし、活版印刷はなくなったわけではありません。
身近なところでは、名刺、賞状、ウェディングのペーパーアイテムなどの、少部数でも高品質な印刷が求められる分野でよく使われており、書籍でも限定本などの趣味性・専門性が高い分野で特に好まれています。
活版印刷がもつ独特の味わいは現在の印刷にはない魅力があります。
凹凸の面白み、わずかなインキ溜まりやかすれの味わい、オフセット印刷では困難な紙への印刷、インキをつけずに凸版を押す空押し、などその魅力は様々で多岐に渡ります。
現代の印刷にはない表現方法として再び注目を浴びています。
活字を選ぶ、文字を組む、インキを塗布する、圧をかける、インキが乾くのを待つ。
「伝えたいこと」があるからそのひとつひとつの作業を行って「刷る」。
それらに関わっている人の体温がどこか感じられるのも、活版印刷の魅力かもしれません。
印圧による紙の凹凸は、活版印刷の魅力のひとつ。
やギフトアイテムなど、現在でも活版印刷が好まれるシーンも多い。
活字とは
活版印刷に用いられる文字の型を活字といいます。
角柱の頭頂部に文字や記号を左向き(いわゆる鏡文字)に突起させており、この突起部が印刷面となります。
鉛を主成分とした合金を鋳型に流し込んで鋳造されたものが一般的ですが、線画などの精密な表現が得意な亜鉛版、金属活字にない文字を手彫りで作れる木活字など、用途によって様々な素材が使い分けられます。
【活字の大きさ・高さ】
欧米活字の大きさは「point(pt.と略される、本文中では以下ポイントと記載)」という単位で表されます。
1インチの1/72を1pt.としますが、活字におけるポイントは正確に1インチの1/72ではありません。
アメリカ、イギリス、日本などでは「アングロ・アメリカンポイント(1pt. = 0.3514mm)」が採用され、ヨーロッパの多くの国ではフランス発祥の「ディドーポイント(1pt. = 0.3759mm)」が普及して使用されています。
現代のコンピュータ組版では、1インチの正確な1/72が「DTPポイント(1pt. = 0.3528mm)」として使用されています。
活字の高さは、おおよそ1インチより少し低い高さ(0.918インチ、0.923インチ、0.928インチなど)が基準となっていますが、国や地域の基準によって様々な差異が見られます。
印刷時には字面の高さを揃える必要がありますが、同国内でさえも活字の高さはまちまちです。
他の鋳造所との混用ができないようにという販売戦略上の理由から、鋳造所が意図的に差異を設けたとも考えられていますし、またその逆に、鋳造所が発注元が採用している高さに合わせて、自社基準の高さをあえて調節したと思われる活字もあります。
号数について
和文活字では、ポイント制以前に作られた「号数制」という日本独自の規格が使われてきました。
もっとも大きい初号から順番に、一号、二号、三号と番号が増えていくにつれて小さくなっていき、八号までの9種類があります。
従来使われていた号数制は、横並びの大きさでは倍数関係が成立しますが、縦並びの大きさには関連性がありませんでした。
この問題を解消するため、五号の1/8の厚みを基準に割り出した新号数制が1962年にJIS規格として定められました。
この規格に則った活字を「新号数制活字」、それ以前の活字を「旧号数制活字」と呼びます。
新号数制では、初号(≒45pt.)、二号(≒21pt.)、五号(≒10.5pt.)、七号(≒5.25pt.)の大きさは旧号数制と同じで、一号、三号、四号、六号、八号、が小さくなっています。
関東圏では他の地域と比べて新号数制活字の採用が少なく、旧号数制活字が使われ続ける傾向にありました。
後に号数制に加えてポイント制も併用するようになったため、和文活字の大きさを表す環境は複雑なものとなっています。
また、号数以外にも、独自の発展を遂げてきた足跡が和文には数多くあります。そちらはまた別の機会にご紹介します。